体調が良くなり看護師として復職する意欲も沸いてきた!

ある日のことです。
咳が止まらず、熱も下がりません。
時々お世話になる総合病院へ行きました。
初めて診療して頂くドクターでしたので、少し不安もありました。

症状を説明して、薬を貰って終わりと思っていたのですが、なんと胸のレントゲンと血液検査も行うことになりました。
しばし待った後、再度診察です。
そこで下された病名は「マイコプラズマ」でした。
この病気は、子どもがなるものとばかり思っていたので、そのことをドクターに告げると、大人もかかりますという回答でした。

ドクターは初めて診察した患者だからでしょうか。
私の生活環境をそれとなく聞き出してくれました。
ちょっと、階下の人の騒音や行動で悩んでいたときでしたので、そんな話もし、いろいろアドバイスも頂きました。

そんな、雑談のあとのことです。
「少し、血圧が高いよね」とさりげなく言われました。過去には全く言われたことのない言葉でした。
運動もかなり行っていますし、食べ物も注意しています。
しかし、父親が血圧が高かったような、しかも心不全で亡くなっています。
そんな話をするとドクターから、まず一番軽い降圧剤を1週間飲んでみるようにと処方されました。
普通は、運動量を増やしましょうとか、塩分を控えめにしましょうということらしいのですが、私はもうそれらは十分なようです。
薬を飲むのは気が進みませんでしたが、ドクターの言葉に従ってみることにしました。

1週間後、マイコプラズマは無事完治しました。そして、血圧は変わらずでした。
そこで、次の段階の降圧剤を処方して貰い、また経過の観察でした。

結局、その降圧剤が合っているようで、血圧は安定しました。
そして、子どもの頃から良く発症していた頭痛がほとんど起こらなくなったのです。
頭痛はもしかしたら高血圧のせいだったのでしょうか。いつも、いらいらしていたのも治まりました。
子育てもあり、看護師の仕事も退職していたのですが、復帰する意欲も出てきました。
富山は都会のように求人も多くなく、自分で探すのも限界があるため、まずは転職サイトにお世話になってみようと思いました。
⇒⇒http://看護師求人富山.net

”病は気から”と言いますから、薬を飲んでいるということで楽になっているのかもしれません。
いまでも、2~3ヶ月に一度通院しています。
ドクターとのお話も楽しみにして。

神戸の薬局に転職したわたしの偶然の出来事

数年前の出来事です。
わたしは神戸市内にある調剤薬局で、薬剤師として働いています。

ある日、長い付き合いの知人が内臓の病気にかかり、お見舞いにいくことにしました。
幸い手術は必要なく、点滴や食事制限と、あとは病院内で大人しくしているだけという状態で、とにかく暇とのことでした。
しかし、飲食物の持ち込みは食事制限があるのでダメ。
テレビはあるのですが、有料制だったので一日中観ているという訳にもいかないとのことだったので、所謂雑学系の本を買って持っていくことにしました。

病院名と病室、お見舞いが出来る時間は予め聞いていたので、前日に本を購入し、当日午前中に行くことに。
当日は土曜日か日曜日だったので表玄関は閉まっていて、そこで最初戸惑いました。
でもよく見ると「ご用のある方は…」の表示があり、それに従い建物の横側に回ると、開いた状態のドアがあり、「ここから?」と少し疑いながら中に入ると、何というか、受付見たいな所があり、警備員のような出で立ちの人が二人ほどいたので、何か声をかけられるかと思ったのですが、特に何も言われず警戒される様子もなかったので、こちらも何も言わずに通りすぎました。
てっきり、名前や訪れた理由等を記入するのかと思っていたので、「いいのかな?」と思いつつ、階数は分かっていたのでエレベーターの前に行き、エレベーターを待っていると、患者さんが点滴の台?棒?の様な道具で点滴をしたままで歩いてきました。
エレベーターに乗るんだな、と分かったので少し場所をずらしてスペースを空けて、もう一度患者さんの方を見ると、同僚でした。

ちょっとびっくりしていると、当然出迎に来た訳ではなく、検査か治療が終り病室に戻る途中とのことでした。
病室は4人部屋でしたが、きれいな部屋でした。
同僚用の備え付けの戸棚には「絶食中だから飲食物禁止」のプレートがあり、当日は絶食だったそうです。

病室で少し話した後に自販機のコーナーに行き、同僚は何も飲めないので、私だけがちょっとした罪悪感を感じながらジュースを飲み、30分ほど話をしてお暇しました。
実は私は、医療関係の職に就いていながら、病院へのお見舞いはそれが初めてだったのです。
自分の想像していたものと多少違っていたので、軽いカルチャーショックを感じたのを覚えています。
ちなみに、雑学本はとっても役に立ったと、後日聞きました。

退院後も投薬治療のため、通院は続いています。
知人は、わたしが最近転職して勤務する薬局に通っています。これは偶然なのですが(笑)。

転職の際には、こちら⇒≪神戸に強い≫薬剤師求人サイトで有利に転職!!【保存版】
が、本当に役に立ちました。

婚活サイトでの出会いでも、運命的な出会いでも、出会いは大切ですよね

今年結婚25周年を迎えました。
51歳、週3日のパートをしている主婦です。子どもがいないせいか、とても仲がいいと思います。ラブラブというより、ベストフレンド、という感じです。
趣味が同じなので週末はいつも一緒に行動しますし、仕事の悩みはいつもシェアしお互い励ましあっています。

私たちの出会いは大学生のときでした。彼は1つ先輩。お互い、他に行きたい大学があったので1年浪人したのに結果、同じ大学になってしまいました。
同じ学年でもお互いを知り合う機会があるのは何かのクラブかサークルに入るのみ。何も活動しなければ、1人として友達を作ることはできません。そんな私たちが出会うきっかけになったのはクラブでもサークルでもありません。ただ1つの選択科目をたまたま取っていたから。そしてたまたま同じグループで研究発表をすることになったから。そしてもっと驚きなのは・・・

一緒のグループになって初めて彼の存在を知りました。教室にはそれなりの学生の数がいるので1人1人の顔を覚えたりしていません。ですからグループを作ることになって初めて1人1人を認識した感じでした。一目見て電気が走りました。(本当にこういうことってあります!)

彼の見た目は決して良い方ではありません。実際、今でも「カッコよく生まれたかった!」と52歳にもなるおっさんが嘆いています。しかも、私はそれまでスレンダーな人が好みでした。それなのに彼はテニスをやっているとは思えない体型。どっちかというと「相撲部ですか?」というタイプでした。

向かい側に座った彼を見ることができないくらいドキドキしていました。まずはお互い自己紹介。そして次にこの8名全員が集まって発表準備を整える日にち、時間、場所を決めてこの日は解散しました。

私は次に会える日が来るのをとにかく待ちわびていました。そして当日。まだ誰も来ていません。
さすが楽しみにしていただけあって私が一番乗りです。あ~楽しみ~!!1週間長かった~~~。

ドアが開きました。
なんと彼!
え~~!2人っきり~~~!!!

2人はなにか夢中でおしゃべりをしました。どんなことを話したのかまったく覚えていませんが、とにかくたくさんたくさんおしゃべりしました。
気づけば1時間。誰も来なかったのです。

その後、私は生まれて初めて「占いの館」の扉を開けました。タロット占いでした。
今でもこの占い師さんからもらった言葉を覚えています。

「あなたから動く必要は何もないです。あなたたち、結婚しますよ。」

私が21歳のときでした。5年後、占い師さんの言うことが本当になりました。こういうことって本当にあるんですね。

今は結婚する年齢がどんどん上がってきて、「婚活」という言葉もよく耳にします。実際、私の甥っ子や姪っ子も婚活サイトに登録をしたりしているようです。【婚活サイト おすすめ 30代】婚活サイトで出会った人でも、私のように運命的に出会った人でも、出会いって本当に大切です。素敵な人にどうぞ巡り会えますように。

徳州会病院薬剤師部の薬剤師さんはやさしい

私の祖父は長いこと離島の徳州会病院のお世話になっていました。徳州会病院はとにかく待ち時間が長いことで有名です。3時間待ちなんて早いほうで祖父はいつも5時間ほど待っていました。

待合室には大きなテレビモニターがあり、空調設備も整っており、いい環境ではありますが、高齢者にとっては苦痛の時間でしかありません。ずっと椅子に座っているというのは付き添いの私でも辛かったです。途中、待合室で待っている患者さんたちが大きな声を出したり、「帰る!」といって騒ぎだすこともしばしばありました。そんなとき、すぐにベテランの薬剤師さんたちが出てきて、患者さんをなだめるのが印象的でした。ただ口で事務的な説明や謝罪をするのではなく、ひざをついて患者さんの手を握り「ごめんね、もう少しまってね。患者さんが多いからもう少しだけ待ってね」と言うのです。そうすると、高齢者の患者さんはみな大人しくなって笑顔で「うん、ごめんね、ちゃんと待つからね」と言うのです。

毎回この場面に遭遇すると感動していました。今は病院にもロボット知能が進められています。それはそれで便利だと思いますが、人の心を推し量ることができるのはやはり人でしかありません。人の言葉、思いやり、そして手のぬくもりが人を癒すのです。

今は口が達者な高齢者も多いですが、皆寂しさや孤独を抱えているように思います。そこを病院関係者の方々が受け止めているところが素晴らしいと感じました。事務的に人の心を処理していては、患者さんはついていきません。

診察の際も、担当医師はえらそうにすることなく、「待たせてごめんね、許してね」と言いながら祖父の手を握っていました。そうすると祖父はどんなに疲れていても「先生も大変だからいいよと言っていました。これが病院の戦略だとしても、人は嬉しいのです。真心が伝わるから許せるのです。人は自分の気持ちを受け止めてもらえると幸せを感じます。高齢者の待合室でのトラブルは多いですが、言葉をぬくもりを大事にすることで少し解消されるのでは?と感じました。

離島にある病院に薬剤師として勤務するならこのサイトをチェックするとよいですよ。

「薬剤師求人離島|ダイビングがしたくて沖縄に移住した私の体験記」⇒URL:http://xn--gmq12g87lj9ak81bi18algza.net/

 

 

あらっ、私ではなかったの? で、何でそんな言い方?

待合室地元では有名な総合病院に掛かった時の事です。かなり待たされてやっと呼ばれたと思ったら、また中で「○番で呼ばれますので、ここでお掛けになってお待ちください」と。

それなりに時間は掛かるのだろうとは思ってたけど、あまりにも長くて診察が終わるまでにはドッと疲れてしまいました。

だけどまだ終わりません。渡された会計カードを持って1階の会計窓口へ行きました。座って待とうと思っても患者さんであふれて空いてる場所もなく、仕方なく端の方で立って待ってました。本当に嫌になってきましたがただただ待ちました。

そして私の名前が呼ばれたので窓口に行ったら他の人が会計をしていました。私は(同姓同名だったんだ、いつになったら私が呼ばれるんだろう)と思い、会計窓口の側の椅子が空いていたので座りました。10分程した時に先ほどの同姓同名の人が「ちょっとこの会計、私じゃないわよ。○○科になんて行ってないもの」と戻ってきました。

(えっー!やっぱり私だったのかな?)と思って成り行きを見ていたら、今度は「○○科でお掛かりの○○さん」と呼ばれたので、窓口に行き会計を済ませたら、その会計窓口の人が「同姓同名の人がいるから次回からは呼ばれたらちゃんと何科に掛かってるか言ってから会計をしてください」と。それもなんか怒った口調で言われました。

思わず「はぁ~?私がですか?そちらで確認をするんじゃなくて?患者の私が他に同姓同名の人がいるかもしれないから言うってことですか?」と言ったけど、すごく頭に来ました。だいたい何で私が間違ってもいないのに、そんな言われ方をされなきゃならないのかと思うと本当に腹が立ちました。

当時はまだ今よりほんの少しだけ若かったから、それ以上は何も言わずに帰宅しましたが、今だったらアンケートボックスのような所に記入するか、直接電話したかもしれません。私も当時は隣の市の総合病院で事務をしてたので、患者さんの立場で物事を考えて言い方には注意をしようと思いました。